2014年02月23日

英霊の言乃葉@〜夢〜

先日、靖国神社で買った『英霊の言乃葉』に家族への想いを託しながら、心に残ったものを紹介します。





海軍二等機関兵曹 多田 美好 命

昭和二十一年六月二十八日
シンガポール、チャンギーにて殉難死
岐阜県出身 三十三歳

遺言

母上
長い間色々御厄介になりました。此の度の件、お國の為に一生懸命働いたのですが、敗戦と云ふ大変動で戦犯人として刑を受ける事になりました。然しお母さんの教えを守り、家の名を辱める事は決して致しませんでした事を嬉しく思つて居ります。

大らかな気持で喜んで國難に殉じて参ります。唯、生前何等の御孝養を尽すことなく、それ計りが心残りです。

どうかお母さん、何時迄もお元気で幸福にお過し下さいます様お祈りして居ります。

判決のあります前夜、お母さんにおぶつて頂いて川を渡つた夢を見ました。私は随分仕合せでした。何もかも唯なつかしく、凡て夢の様です。

親思ふ心にまさる親心 今日のおとづれ如何にきくらん

お母さん、私は死んでは居りません。何時も何時もお傍に居ります。

昭和六十三年七月靖國神社社頭掲示
posted by 葵家 金太郎 at 03:40| 静岡 ☀| Comment(0) | 神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月26日

靖国神社

息子と二人で参拝した靖国神社。
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拝殿の社頭掲示は何と同郷の新潟県柏崎市出身の陸軍上等兵の遺書でした。
あまりの偶然に胸が熱くなりました。
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「書き遺す事

陸軍上等兵 吉野浩藏命
昭和二十一年一月三十日
ソ連シベリヤセミノフカ地区
第十二収容所にて戦病死
新潟県柏崎市比角出身 二十一歳

此の期に及んで何も書き遺す事も御座なく候へども、此の世の名残に一筆書き残し候。
万一小生戦死の報行くも、小生は欣然(きんぜん)として国難に殉じ、笑って帝国の礎石となり候間、決して嘆く間敷(まじく)候。
顧れば生を受けてより二十年、只御厄介になるのみにて、何一つとして親孝行も致さず、今更ながら後悔の外無之(これなく)候。
然しながら忠孝一本とか君に忠なる事、即ち親に孝と存じ候。
我軍の戦況、愈々不利に相成候へども、小兵等は日本の国民として情勢の如何に拘らず全力を尽して、自己の任務に邁進すべきと存じ候。
夜青白き月光の木陰よりもるゝを見れば、想ひは遠く故郷の空にはしり申し候。
小生の亡き後も皆様には、帝国軍人の遺族として見苦しき事のなきやう、勝利の日迄仇敵米英の撃滅に邁進致され度候。
簡単乍(なが)ら右を以て遺書と致し候。

昭和二十年六月二十一日 十四時
箇山(済南の南約十五里)にて
雨の音を聞きつゝ

吉野浩藏」
posted by 葵家 金太郎 at 16:07| 東京 ☀| Comment(0) | 神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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