2014年01月26日

靖国神社

息子と二人で参拝した靖国神社。
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拝殿の社頭掲示は何と同郷の新潟県柏崎市出身の陸軍上等兵の遺書でした。
あまりの偶然に胸が熱くなりました。
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「書き遺す事

陸軍上等兵 吉野浩藏命
昭和二十一年一月三十日
ソ連シベリヤセミノフカ地区
第十二収容所にて戦病死
新潟県柏崎市比角出身 二十一歳

此の期に及んで何も書き遺す事も御座なく候へども、此の世の名残に一筆書き残し候。
万一小生戦死の報行くも、小生は欣然(きんぜん)として国難に殉じ、笑って帝国の礎石となり候間、決して嘆く間敷(まじく)候。
顧れば生を受けてより二十年、只御厄介になるのみにて、何一つとして親孝行も致さず、今更ながら後悔の外無之(これなく)候。
然しながら忠孝一本とか君に忠なる事、即ち親に孝と存じ候。
我軍の戦況、愈々不利に相成候へども、小兵等は日本の国民として情勢の如何に拘らず全力を尽して、自己の任務に邁進すべきと存じ候。
夜青白き月光の木陰よりもるゝを見れば、想ひは遠く故郷の空にはしり申し候。
小生の亡き後も皆様には、帝国軍人の遺族として見苦しき事のなきやう、勝利の日迄仇敵米英の撃滅に邁進致され度候。
簡単乍(なが)ら右を以て遺書と致し候。

昭和二十年六月二十一日 十四時
箇山(済南の南約十五里)にて
雨の音を聞きつゝ

吉野浩藏」
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posted by 葵家 金太郎 at 16:07| 東京 ☀| Comment(0) | 神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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