何しろ、入居してから十八年も店賃を入れてない奴もいれば、親父の代から払ってない奴もいる。
もっとすごい奴は「店賃てな、何だ?」
「うちの長屋も貧乏長屋なんぞと言われているが、景気をつけて貧乏神を追っぱらうため、ちょうど春の盛りだし、みんなで上野の山に花見としゃれ込もう」
さらに、酒も一升瓶三本用意したと聞いて、一同大喜び。
お茶(ちゃ)けでお茶(ちゃ)か盛り。
「本物を買うぐらいなら、無理しても酒に回す」
と大家が言うとおり、中身はたくあんと大根。
桜は今満開で、大変な人だかり。
「熱燗をつけねえ」
「なに、焙じた方が」「何を言ってやがる」
「大家さん、あっしゃあこれが好きでね。毎朝味噌汁の実に使います。胃の悪いときには蒲鉾おろしにしまして」
「何だ?」
「練馬の方でも、蒲鉾畑が少なくなりまして。うん、こりゃ漬けすぎで酸っぺえ」
「尻尾じゃねえとこをくんねえ」
「花散りて死にとうもなき命かな」
「長屋中歯をくいしばる花見かな」
陰気でしかたがない。
「酔ったぞっ。俺は酒飲んで酔ってるんだぞ。貧乏人だって馬鹿にすんな。借りたもんなんざ利息をつけて返してやら。悔しいから店賃だけは払わねえ」
「悪い酒だな。どうだ。灘の生一本だ」
「宇治かと思った」
「口あたりはどうだ?」
「渋口だ」
酔った気分はどうだと聞くと、
「去年、井戸へ落っこちたときとそっくりだ」「大家さん、近々長屋にいいことがあります」
「そんなことが分かるかい?」
「だって、酒柱が立ちました」m(__)m