2011年03月31日

停電の夜に

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東日本大震災で被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。

今日は、今年度の最終営業日。昨年10月、営業から離れたので、例年のような慌ただしさはありませんが、やはり営業支援の立場として、同じような緊張感を覚えます。

さて、今朝のテレビでは、停電の夜に家族でどう過ごすか?という街頭インタビューに、カードゲームやら、歌やら、家族団欒につながったという前向きな声が寄せられていたようです。

たまたま先月読んだのは、ジュンパ・ラヒリ著の「停電の夜に」。著者はこの短編集でO・ヘンリー賞等を獲得されたそうです。
表題の短編は、初めての子供を亡くした夫婦が、毎日決まった時間帯に停電となった自宅で、打ち明け話を重ねていくというもの。

ネオンの消えた都心の夜。でも、これで生活できるのだから、これまでが明るすぎたのかも知れません。

今この瞬間でも、大変なご苦労をされている皆様がいます。親を亡くした子供たちがいます。
ちっぽけな見栄を捨て、自分に何ができるか、できることから一つずつ行動していきたいと思います。
posted by 葵家 金太郎 at 05:48| 東京 ☁| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月19日

救援物資

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わが家に救援物資が届きました。金沢にいた頃、幼稚園でご一緒したママ友から送られてきたそうです。

ありがとうございます!

でも…このまま、被災地のみなさんに送りたい!

新潟中越地震で、着の身着のまま家を飛び出した両親。生家は無くなり、喪失感に苛まれる年月がありました。あれから6年。両親はいま金沢で静かに暮らしています。

被災地のみなさん、必ずや平和な日がやってくると信じています!

そして、子供たちへ。この試練を乗り越えたキミたちは、きっときっと逞しい大人になるでしょう。
posted by 葵家 金太郎 at 22:58| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月15日

TPO

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スーツスタイルを決める上で大切なのは、その場に相応しいコーディネートであると思います。最近はあまり耳にしませんが、いわゆる‘TPO’というものです。

昨日はチャコールグレイの無地のスーツ、白無地のシャツにマイクロドットの黒のタイを合わせました。靴は黒のストレートチップです。

今週、一週間のコーディネートは、黒、紺、グレイに揃えました。

信じがたいことに、昨日、ピンクのタイやシャツを装う人もいるのです。

品格を知るのはそんな時です。

画像は、グレゴリー・ペック。グレイのスーツが似合いますね。
posted by 葵家 金太郎 at 08:45| 東京 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月12日

地震

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新潟中越地震で生家を無くした私にとって、地震には特別な思いがあります。

昨日、私は新横浜駅におりました。
JRは新幹線、在来線ともに停電のため再開の見込みが立たず。地下鉄も運行中止。
仕方なく同行の社員と、新横浜駅に隣接するビックカメラのテレビ売り場へ行き、画面に繰り広げられる惨状をひたすら観ていました。

家族の無事も判明したので、「これは長期戦になるだろう」と覚悟し、夕食を済ませた後、20時頃にJRの改札へ行くと、ちょうど東京駅まで新幹線が出発するとのこと。
あわてて改札を抜けて、新幹線に飛び乗りました。在来線と変わらないスピードでしたが、ただただラッキーでした。

しかし、東京駅に着いたものの、全てのJR、地下鉄がストップし、あたりには溢れかえる人、人、人。

茗荷谷の自宅まで歩き始めましたが、今日に限ってコートを置いてしまい、あまりの寒さに小川町にある支社で一旦休憩。
支社には、帰宅できない社員が待機していました。

そこで、都営三田線の運行開始を知り、神保町まで歩き、満杯の電車で春日へ。
それからひたすら春日通りを歩き、ようやく自宅に辿り着くことができました。

大変な一日でしたが、こんなことは被災者の苦しみに比べれば些細なことです。

被災地の皆様にお見舞いを申し上げますとともに、亡くなられた方々のご冥福を心からお祈り申し上げます。
posted by 葵家 金太郎 at 15:13| 東京 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月01日

不正入試

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最近、世間を騒がせている不正入試。
久々に母校の名前を聞いたと思ったら、何ともお粗末な話です。

ネット上に英語の和訳と英訳が出ていましたね。
私の記憶では、確か英語の試験問題は、長文の和訳が二問、長文の英訳が二問のわずか四問だったように思います。単なる記憶力ではなく、翻訳のセンスで勝負する試験が好きでした。

これも記憶ですが、受験ではいくつか知らない単語もあったように思い出します。私のような者を受け入れてくれた母校に今さらながら感謝しています。

不正入試は本当に悲しいことです。憤りさえ覚えます。
いろいろ思うことがあって、ここでは書ききれませんが、長い人生の中で迎える、一つの貴重な経験を、自ら汚すことはないでしょう。

携帯電話もYahoo!もなかった二十年前の受験生は、ただただ経過を見守るばかりです。
posted by 葵家 金太郎 at 06:28| 東京 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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